好きな事をして生きる

やる気はあるのに、体が動かないという悩みがあった私

世の中には、好きじゃない事ができないという体質を持つ人がいます。

そんな人は、気が進まない好きじゃない事でも、理屈ではやったほうがいいのがわかると、やると決めます。

そして、やる気もあります。

でも、どうしても体が動かないのです。

怠けてるのとは違って、ただただ体が動かない。

実は、私もその傾向があります。
 

それを一番感じたのは、受験勉強。

随分昔の事ですが。
 

大学に行きたかったので、受験勉強をしなければならないのは、百も承知でした。

でも、心の中では「こんな入試の為の勉強って、意味あるの? 退屈だし、きっとすぐ忘れちゃうし、大学に合格するという以外、私の人生にとってなんの意味もない。」と思っていました。

それでも、「世間の掟というのは正しくて、自分が感じていることはわがまま。」と思っていたので、抵抗せずに受験勉強をしようとしました。

だから高校3年になった時 ”受験勉強の為” という名目で、6歳の時からずっと続けていたピアノレッスンも、16歳の時に始めたガールズバンド(ギター)もやめました。

が! 

受験勉強しようと思っても、「次のライブだけちょっと手伝ってくれない?」と、単発のバンドの誘いがくると、「ちょとだけ。」とやったり。

友達バンドから「今日ギターが熱出してこないんだけど、靖子、スタジオ来てギター弾かない?」と言われればホイホイと行き。 

そんな事ばっかりで、受験勉強をする暇がありませんでした。

そうこうしているうちに、「文化祭出ようよ。」との同級生からの誘い。

考えただけで、ワクワクしてきたので、断るわけがありません。

急遽文化祭用のバンドを結成して、練習開始です。 

そうやって、受験勉強はいつも後回しで、自分にとって意味のある、好きな事ばかりを優先していました。

文化祭が終わった11月中旬に、「いくらなんでも、そろそろ勉強しないと大学行けないよね。」と思い、ちょろちょろと始めましたが3か月だけの受験勉強では、やっぱり厳しいです。

大学へ行かなければいいのに、とも思うかもしれませんが、受験勉強が嫌なだけで、大学には行きたかったのです。(わがまま)

もちろん、ことごく落ちました。

かといって、受験勉強が嫌いな私には浪人は考えられません。 

拷問以外の何ものでもありません。 

うつ病になるかもしれません。

全員進学する高校だったので、就職というオプションは思い浮かびもしませんでした。

大学は、近くならどこでもよかったのですが、「興味のない事を勉強する時間は私にはない」と思っていたので、英文科以外は行く気がせず、ますます難しくなりました。

そんな時に救いがきました。

2次募集をしているところがあったのです。

みんなが合格だの浪人だのと、進路を決めてゆっくりしてる中、私は猛勉強(でもないか…)して、3月中旬にやっと進学先がきまりました。 

確か卒業式の2日前だったと思います。 

「受かりました。」と担任の先生に報告したら「お~~、待ってたぞ! やっと来たか!」と、うれしそうだったこと!
 

「受験勉強ができなかった自分」の事を、大人(?)になってから振り返ってみると、スルーできない重要な出来事だったと気づきました。

私は、いつも物事の”意味”を考え、それが自分にとって”意味のない事”なら、いくらやる気を出してやろうとしてもできないんだと。

そんな自分を否定してもうまくいきません。

自分を苦しめる上、成果もついてきません。

だから、自分にとって意味がある事だけをやるのがベストです。

なるべく、そうするようにしてきました。

だた、「ん??」と思っても、やらなきゃならない事ってあります。

そんな時は「これをやる意味はこうだ。」と、意味を一生懸命探します。

何かしらあるものです。

そうするとスイッチが入ります。

できない事を無理やりやろうとせずに、自分なりのできる方法を見つけてやっていくのです。

どうしても、自分なりのできる方法が見つからなかった場合は、潔く諦める場合もあります。

そうやって自分のパターンを意識して、それを否定せずに、有効活用して独自の方法でものごとやるようになってから、「主体的に生きて、自分の人生をコントールしてる」という感覚が持てるようになりました。

人生とても楽になりました。

結構私と似た方々もいるのではないかと思い、お話してみました。
 

ゴンサレス靖子

 

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