今年の夏も日本の実家に、里帰りをしました。
日本へ行くのは年に1回か2回。
まあ、1年間で「日本って変わったなあ~」と感じる事も、あるはあるけど、そんな事は稀で、ほとんどは、いつもおなじ風景。
でも、今年はちょっとショックな変化が!
西武百貨店船橋店が閉店してしまったんです。
(すみません、ローカルな話題です。船橋は千葉県の東京湾沿いにある、東京駅から30分ほどのところの都市です。)
確かに今年の初めに、日本の親友から「船橋西武が2月末で閉店したよ。」と連絡があって、「寂しいね。」と話したなあ、と思い出しました。
あんなに賑わっていた西武の入り口が、今はガッチリとシャッターが降りている。
駅前だというのに、ひっそりとしてしまっているのを実際に見ると、改めて寂しさを感じます。
「何言ってるの? たかがお店が閉まっただけで?」
と思うでしょ?
でも、親友と私にとっては、「たかが西武」ではないんですよ。
買い物ができなくなって、寂しくなったわけではないんです。
実は船橋西武は、私達にとっては、いろいろな事を経験した、とても思い出深い特別な青春の場所なのです。
え? 船橋の西武百貨店が?
そうですよ!
ポルノと賭博の街と呼ばれていた、船橋にある西武が思い出の場所だなんて、全然素敵じゃないけど。
そりゃあ、私達だって、「思い出の場所は、自由が丘のおしゃれなカフェ。」などと言いたいけど、現実は、なかなかそうはいかない。
で、そんな思い出の場所が閉まってしまった。
自分の人生の一部がなくなってしまった気がして、なんだか胸が締め付けられるような気分になりました。
そんな西武で、いったいどんな思い出があるのかと言うと…
私と、この親友は、西武の楽器売り場で初めて出会ったのです。
彼女は友達の友達でした。
一緒にバンドをやろうと言って、友達が連れてきた仲間です。
当時、船橋西武の楽器売り場で楽器を買った場合は、週1回無料で、楽器売り場にある練習スタジオが借りられました。
その練習スタジオは、なんとガラス張り。
音が外に漏れるし、演奏している姿も外に丸見えの、恥ずかしいスタジオでした。
私達は初心者だったので、ヘタッピーだったし、カッコよくもなかったから、余計恥ずかしかったです。
それでも、無料だったので、1週間に1回 は必ずスタジオに入って、みんなで練習をしました。
時間はあっても、お金はなかった高校生だったから、無料となると、豪雨でも、台風でも、誰かが病気しても、全員ではなくても必ず何人かが集まりました。
そうやって1年間、多分1回もキャンセルすることなく練習を続ける事ができたのです。
あの時、もし無料でスタジオを借りてなかったとしたら、バンドは続かなかったと思っています。
実際、始めた時のメンバーで1年後も残ったのは、私と親友だけ。
後のメンバーは入れ替わり立ち替わりでした。
「どうせスタジオを無料で借りてるから。」と、ベースが足りなくても、ボーカルがいなくても、おかまいなしに、その時にいたメンバーで練習をしました。
そうやって、何があっても、とにかく集まって練習する環境があったから、続いた事です。
そんな事を思い出して、物事を続けるのは、意思の力だけでやろうとするのは、かなり無理があるよね~、と改めて思いました。
でも、環境を整えて、続けやすくすれば、大した努力をしなくても、続けることができるのです。
反対に、環境を整えないと、かなり大変です。
無料システムを作ってくれた、船橋西武の楽器売り場に感謝です。
何かを続けよう、と思ったら、意志の力で頑張って続るのではなく、頑張らなくても続けられる方法を見つけ出してくださいね。
そんな時に、自分の強みを知っていると、見つかりやすいですよ。
私のお手伝いが必要なときは、連絡くださいね。
そうそう、余談ですが、私も親友も、こんなに西武に思入れが深くて、青春の場所と呼ぶのは、他にも理由がいっぱいあるんです。
楽器売り場で、いろいろな楽しい人と出会ったり、そこで出会った人とお付き合いをする事になったり。(実は、これが大きいか。)
西武の屋上で開かれた、「高校生バンド大会」に出た時は、「プロになる気はありますか?」と、声かけられました。
でも、なんせポルノ・賭博の町、船橋で活動してた私達は、人を見れば、まずはヤーさんかどうか考える習慣がついていて、「はい、なんて言ったら、東南アジアに売春婦として売り飛ばされる!」と本気で思って、断りました。(バンドメンバーは、全員無邪気な女子高生)
この前、親友がその時のプログラムを持ってたんで、見てみると、主催者はエピックソニーだとか、CBSソニー だとか、BMGだとか(ちょっとうろ覚え…)そうそうたるレコード会社名が並んでいて、「もしかしたら、売り飛ばされなかったかもね。」なんて大笑いしました。
ゴンサレス靖子