一人の仲間が、こんな事を言っていました。
「なんとなくもやもやしていた時期と、その後、充実感を覚えながら生きられるようになった時期、その違いは何だったのか。
それは、自分の強みを改めて認識し、それを使う時間を増やしたことだった。」
たしかに、その通りだと思います。
そして、その言葉を聞いたとき、自分自身のある時期を思い出しました。
私はかつて、経理部で働いていました。
けれど、学生時代の私は数学が大の苦手で、いつも赤点すれすれ。
数字もあまり好きではなく、電話番号や歴史の年号を覚えるのも得意ではありませんでした。
その上、経理は、過去に起こったことを、証拠とともに正確に整理する仕事です。
私はどちらかといえば、過去を振り返るよりも、未来を想像することのほうが好きなタイプです。
そんな私にとって、経理の仕事は、自分の強みを発揮できるものとは言い難いものでした。
とはいえ、仕事が嫌だったわけではありません。
気がつけば、10年も続けていました。
その理由は、仕事内容そのものよりも、働く環境にありました。
給与は平均より高く、勤務時間は柔軟で、福利厚生も整っている。
一緒に働く仲間とも気が合い、穏やかで心地よい日々でした。
予想外の仕事に振り回されることもなく、スケジュールも立てやすい。
そうした安心できる条件があったからこそ、長く続けてこられたのだと思います。
ただ、仕事そのものに対しては、どこかしっくりこない感覚がありました。
言われたことはきちんとこなせるけれど、それ以上の応用が効かない。
直感も働かず、自分らしさを発揮できている実感もない。
大きな不満はないけれど、才能やセンスがあるとも思えず、「いずれは頭打ちになるだろう」という感覚が、心のどこかにありました。
それでも、安定した収入があり、気の合う仲間と笑い合いながら働く日々を、自ら手放そうとは思えませんでした。
けれど、その穏やかな日常は、突然終わりを迎えます。
マドリッド支店の閉鎖により、私たちは全員解雇となったのです。
当時は「残念だな」と思いました。
でも、後から振り返ると、それは大きな転機でした。
もしあのまま働き続けていたら、そのうち閉塞感を抱き、「このままでいいのだろうか」「私は何のために生きているのだろうか」と、自分に問い続ける日々を送っていたかもしれません。
そして、コーチという道を選ぶこともなかったでしょう。
今、コーチとして働く中では、経理時代には感じられなかった感覚があります。
応用力も直感も自然と働き、自分の強みを活かせているという実感があります。
だからこそ、あの仲間の言葉に深く共感するのです。
「もやもやしていた時期と、充実感を感じて生きられるようになった時期の違いは、自分の強みを認識し、それを使う時間を増やしたこと」
安定した生活は、とても魅力的です。
たとえそれが、本当に自分のやりたいことでなかったとしても、そこにとどまり続けてしまうことがあります。
けれど、自分の強みを活かして生きることの手応えは、それとはまったく別のところにあるものです。
ゴンサレス靖子













