何かをやり遂げたいと思った時に、根性で歯を食いしばりながらやる必要はありません。
キーポイントで短期間だけ、そんな風にやることもあるかもしれませんが、決して長続きできる方法ではありません。
それよりは、楽しくて、楽にできて、成果が出る方法を探してみる方が重要だと思っています。
根性など必要なく、やりたくてしょうがないことをやっていたら、自然と成果が出てしまったという状況を作るのです。
こんな事を言うのも、私自身根性がないからです。
一つのエピソードです。
マドリッドで水泳教室に行っていた時、先生が「靖子! 日本人根性で頑張れ!!(日本人は根性があると思われている)」とたびたび言っていたのですが、その度に、クラスメートは「靖子は日本人根性すっかり忘れたよね。」とか、「日本人根性持たずに生まれてきたよね。」なんて言っていました。
シュノーケリングをやりたいからという理由で始めた水泳ですが、もともと泳ぐ事自体はあまり好きではありません。
ですので、ちょっとでも苦しくなったり、疲れたら止まります。
本当に根性無しだし、根性を出したいとも思いませんでした。
一方、「靖子ほど根性がある人は少ないよ。」と言う人達もいます。
大変そうな事でも、諦めずに粛々とやり続けていくからだそうです。
ただ、その「大変そうな事」は、私の好きな事だったり、やりたいと思っていることなのです。
ですので、周りには「大変そうな事」に見えるのですが、私にとっては「楽しい事」です。
たとえそれがうまくできなかったとしても、楽しいのでやり続けます。
少しやり続けていくと、こういうやり方をすればもっと効率よくできるかな、などとコツがわかってきて、だんだんうまくできるようになってきます。
その一番典型的だったのが、30代半ばで、スペインの大学のスペイン語学部で勉強を始めた時だったかもしれません。
ヨーロッパ人が日本の大学の国文科で勉強を始たようなイメージです。
文学は古文から始めるので、原文を読んだだけでは意味が分からず、原文の他に、現代文、念のため日本語訳も読んだりと、スペイン人より勉強に時間を費やさなければなりませんでした。
でも、私はそれがとても楽しくて、時間を忘れて熱中しました。
周りの人達は、口をそろえて「えらいねえ!」「スペイン人でも原文読まないよ。」などと言いました。
当時勤めていた会社の上司は、「勉強頑張ってね。」と午後一番で授業がある日は早退をされてくれました。
(授業は16時~22時でした。)
好きな事をやっているだけなのに、褒められて、いろいろな配慮もしてもらえるなんて、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
そうやってのびのびと勉強させてもらえたおかげで、後々、学問だけでなく、その時の経験や、その時身に付けた習慣が、私の人生にとても役に立っています。
また、それが、自分以外の人にも役に立つよう、還元できているのではないかと思っています。
私達はついつい、何かを達成させたり、目的地点に到達するには、何かを犠牲にして、苦しみ、頑張り続けなければならないのではないかと思いがちです。
でも、そんな事はありません。
楽しみながら、周りに応援されながら、目的地点に到達する事だってできるのです。
自分にとって、それはどんなものなのか、見つけてみて下さいね。
ゴンサレス靖子